「今日が何の日か、知ってる?」 尋ねると、歩く足を止めて君は答えた。 「…君の誕生日か?」 「…それ、本気で言っている?」 「本気だが?」 真面目な顔だったので、本気だろうとは分かった。 「…本っっ当に?」 「ああ。世間ではホワイトデイというものだったな」 何かと思い出しながら、周りを見て近くにあった飾りで気がついたようだ。 「…いつも思うけど、君ってボケも一流だよね…」 「冗談は苦手なんだが…そうなのか?」 そうなのかと言われてもどう答えればいいのか、最早分からない。 「…君となら僕は組めるんじゃないかって思えたよ、たった今」 「何をだ?」 本気ですら、ボケになっているのだから一流だ。 「…なんでもないよ。さあ、学校へ行こうか。遅れるよ」
灰に塗れた君も、美しい。
「…困ったなあ」 だって、覚えていないんだもの。 「…はあー。なんかいい案ないかなあ…」 人気が無い屋上で、一人悩む。 昼休みで僕はベンチに寝転がって空を見上げていた。 残念だと思っていたが、それ以上に今日をどうするかを悩んでいた。
視界にひょっこりと、顔が入ってきた。 「天羽さん…」 彼女を見たとき、貰った子たちにお返しに配っていた途中だったことを思い出した。 「そうだ、これ、お返し」 箱を受け取ると、喜んだ。 「お、ありがとう〜。うわあ、ゴディバなんて気が利くなあ。乙女心がわかってるぅ!…んで、何悩んでるの?」 「…そんなに大した訳でもないけど、たいしたわけだったりすること」 「ふぅん。日野ちゃんじゃあ、ないみたいね」 「どうして?」 「だって、日野ちゃんだったら悩む前に突撃してるでしょ」 「そんな風に見える?」 心外だとも思ったが当たってはいるので反論はできなかった。 「うん。だから、それ以外のことかなって思って。たとえば…んー…大切な人?」 目線が鋭くて、ドキリとした。 「まあ、そんなものかな」 「親戚の子とか?私の知ってる人かなあ?」 「それは、秘密かな」 さすがに、知っている人だとは言えない。
「なにかいい案でもあるのかい?」 「まあね。昨日かなー。駅前からちょっと裏に入ったところで珍しい花見たんだよ。 「その薔薇って、どんな名前?」 「スターライトパレードっていうんだ、その薔薇」 「それは確かにすごいね。小ぶりな花なのに派手そうだ」 「そうでしょ。 「なるほどね。赤薔薇は愛情、熱烈な恋だっけ?白薔薇は…」 「白薔薇は心からの尊敬、無邪気、清純、純潔とかだったかな」 えへん。と言葉を続けた。 「へえ、よく知ってるね」 「乙女ですから。それで、参考になった?」 「有難う、参考になった」 「いえいえ。それじゃ私はもういくわ。あ、今日は抜け出さないほうがいいよ。 「そうだね…裏には居るだろうと思ってやめたよ僕も」 「いい判断ね。それじゃ」 「うん、またね」
静かな屋上に戻りると、また空を見上げる。 「まあ、放課後でも間に合うか。 携帯を取り出して、メールを送信した。 “ごめんね。今日は一緒には帰れないけど、今夜9時にいつもの公園で待っていて” 遅い時間だけど、多分用事を済ませておけば丁度いい時間だろう。 すぐに返信が来た。
とてもシンプルな文面が、彼らしいなと笑ってしまう。 「残念…か。僕もだけど今日だけは、ごめんね」 パチンと携帯を閉じると、予鈴の鳴る時間が近かったので教室へと戻った。
天羽さんに場所を詳しく尋ね、僕はその店へと向かった。 店先にアンティークの猫の置物がガーデンチェアに眠っていて、 「おや、いらっしゃい」 店を外から見ていると、出てきたのは背が高く短い髪でボーイッシュな雰囲気を持つ女性だった。 「珍しい薔薇ばかり置いてると聞いてきたのですが…本当に聞いたこと無い薔薇ばかりですね」 「まあね。薔薇が好きだったから気がついたら、薔薇専門店みたいになっちゃって」 「でも、素敵ですね」 「ありがとう。まあ、ゆっくり見ていってよ」 「はい」 様々な、あまり見たことの無い薔薇がたくさんあった。 天羽さんが言っていたことを思い出す。 「スターライトパレードって、どれですか?」 「ああ、それはこれよ」 そう言って小ぶりな白い薔薇を示してくれた。 「かわいらしい花ですね」 「名前がパレードだから派手なのかと思うけど実際は小さな花たちなのよね…これにするの?」 「お願いします……あ」 ふと目に、留まったのは。
灰被りと言う名の、白い薔薇だった。 「……」 何故か、その花から目が離せない。 「すいません、やっぱりこっちの薔薇を下さい」 一目惚れというのか、その名と姿に君が見えた気がした。 「わかったわ。彼女か何かに?」 「ええ…大切な人に」 「それは気合いいれないとね。あとは?」 スターライトパレードを置いて、シンデレラを取った。 「それだけで、いいです」 「シダとカスミソウは無料だけど?あ、何本いるの?」 「17本、お願いします。嬉しいのですが…薔薇だけがいいかと思って」 「わかったわ。歳の数だけ…ロマンチックね。 「えっと…中にレースで縁どってあるそのメッシュの白で包んで、リボンはベルベットの青でお願いします」 「青…ふぅん。君の大切な人はそんな色なのかい?」 「そうですね。青がとても似合う人です」 彼には青がとても似合うと、前から思っていた。 「そっか。じゃあすぐ包んであげる」 そう言って、手早く準備に取り掛かる。 包装紙ですぐさま花を包みリボンを手早く切ってラッピングをしてくれた。 「はい、出来上がり」 手早く、でも綺麗に仕上がっていて驚いた。 「あっという間でしたね」 「仕事だし、好きなことだからね」 そう言って、花を渡してくれた。 「ありがとう、お姉さん」 礼を言ってその花束を受け取る。 「これでも店長なんだけどね…お代は、そうね、漱石2枚くらいでいいわ」 「安くないですか?こんなにしてもらったのに」 片手で財布を出しながら、尋ねた。 「これ珍しいから高そうなのに…本当にいいんですか?」 「かまわないわよ。好きなことをやって生きてるんだから、それで喜んでくれるなら 「…ありがとうございます」 財布から札を2枚を取り出し、渡す。 「確かに。じゃあ、ちゃんと渡すのよ」 その2枚の札を受け取ると、開いた手を握ってくる。 「はい。また来ます」 「楽しみにしてるわ」 その手を離し別れを告げると手を振って、店長は見送ってくれた。
「今日は、久々に夜遊びが出来るといいな」 ただずっと、一緒に居るだけでいいんだけどね。
なんて子供じみた言い訳なのだろうと、内心笑いたくなる。 「いってらっしゃい。気をつけるのよ」 「いってきます」 全く疑問すら持たない両親に感謝をしながら晩御飯を軽く済ませた僕は、
「親に信用されてるのは嬉しいんだけど、まるで付き合いたてのカップルみたいな言い訳だよね」 実際、そうなんだけど。
「とりあえず早くいかないとね。意外とあそこ遠いからなあ」 独り言をそこで切り上げ、僕はいつもの公園へと走った。
電燈があまりない場所だが、月明かりと町の明かりで海を見ている人影が見えた。
その声が、聞こえたのか人影が振り返る。 「…葵…」 「ごめんね、待たせた?」 「いや、俺が思ったより早く着いてしまったのだから気にしなくていい」 「そっか…さて、僕は君に渡したいものがあります」 「何か貰うようなことを君にした記憶がないんだが」 それ自体思い出せないんだという、顔をする。 「うん。今日はホワイトデイって言ったでしょ」 「そうだが、俺は君に何もしていない」 今度は困った顔だ。 「いいんだよ。僕があげたいんだから」 「…それでは意味がないのでは?」 そんな正直に返されても困るので、押し切ることにした。 「きにしないの!貰えるものは貰っておくべきだよ!」 ヴィオラのケースをベンチに置いて、袋から花束を取り出し彼に渡す。
「うん。珍しいみたい。オランダ産のミニチュアバラだって」 「名前は?」 「シンデレラ…別名だとサンドリヨンになるのかな?」 サンドリヨンとは言っていなかったから、多分シンデレラという名だけだとも思うが。 「…そう言ったらオペラのチェネレントラだって一緒になるだろう?」 違うのでは、と言う顔をして君は返す。 「そうだね…最初はこの薔薇じゃなかったんだけど、どうしてもこの薔薇から目が離せなくて」 一目惚れをした。 「この名と薔薇を見たとき。灰被りという名よりも、魔法に掛かった君が見えた気がしたから…なのかな」 その姿を見たときから、 「魔法?」 目が離せなくて、 「君と居る時間が、もしも…なくなったらって思ったからかもしれない」 ずっと一緒に居たいと思うから、不安なんだ。
僕の手に触れ、握り締めてくれる。
やっぱり、何度だって聞きたくなってしまう。 「相応しい、なんて今さら言って欲しい言葉ではない」 その言葉が愚かでも、不安に押し潰されそうになる。 「でも、不安に思うから聞きたくなってしまうんだよ」 君は、困った顔をするのも分かる。
「…シンデレラに硝子の靴なんて最初から無くても?」 「何故そう思うの?」 僕は理解が出来なくて、それを疑問に問う。 「硝子の靴は心。囚われた王子そのものの心を映した物だから、そんなものは最初から存在はしない」 彼の口から、そんな言葉が聞けるからがとは思わなくて驚いた。 「その考えだと硝子の靴という存在は、憧れの対象でも無いということ?」 「…奪われた心はどうしようもなくて。 「姫は、分かっているから待っていたと?」 「“王子は必ず迎えに来る。何故なら、心が奪われているのは貴方なのだから”」 「強かな、レディだね」 「祖母の言葉は印象的で一番そうなのだと思えたから…正直、君に言われるまでそんな話をするとは思わなかったし、疑問すら持たなかった」 姫が大人しく待っていたのはそういうことだったのだと考えると、夢は現実味を帯びる。 「でも、その考え方もいいと思う…僕は、好きだよ」 僕は笑った。 それは、夢を現実にした話。 「…君が何を思っても、俺には君が必要なんだ。 「君は今のままでも、十分素敵だよ。…でも本当に、僕で…」
“いいの?”
言葉を言う前に、君が言葉を遮った。 ヴァイオリンを奏でるその指先が僕の唇に触れる。
灰被りの名の薔薇を持って
僕に微笑んでくれた。 「…とても良い香りの薔薇を有難う、葵」
君が灰に塗れていても、それでも美しいのだと僕は何度だって言うよ。
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