“人を本当に好きになったことって、ある?”


誰もが知っていることで、誰もが本当のことを知らない言葉。

僕だってわからないと想っていたけど
”ほんとう”っていうのは一瞬で分かるんだ。


それは抜けられない迷路のようなもので、
苦しすぎて出たくても、出れない。

それは、心が捕らわれているから。


いつしかその苦しみすら、
愛おしく思えるようになる日が来るのかと想うから

僕は君に迷い込んだままなんだ。


















labyrinth

アリアドネが導いたはずの糸は、より深く僕を迷い込ませる。


















“僕を導くのは、真紅の糸”




「あついなあ、もう」


「ならばこんな日にしなければいいだろう、大体何故遊園地なんだ?」

君がウィーンに行ってから、一度目の日本の夏。
一時的に帰国をすることができたので、僕は喜んで君を連れまわす予定にした。


「だって君が帰って来てるんだよ。久しぶりなんだから日本でフツーのデートをしようよ」

「…いつも連絡はとっているだろう」

「それとこれとは別。やっぱり…あーっ…アイス!確かこのまえトリプルやってたよう…ゆきだるま?
しかも3種類じゃなくて2種類かぁ」

「…君は元気だな」

「アイスだもん。食べたいでしょ。で、何がいい?僕はもう決めたよ」

「…君のお勧めでいい」

「わかった、買ってくる。そっちの日陰で休んでてよ。ちょうど隅のテーブルが開いているから」


「そうしていよう」

僕は君に背を向けてアイスを買いに店へと向かった。

「…これでおねがいします」
「かしこまりました。カップではなくコーンでよろしいですか?」

「はい」

「お会計はあちらになります」


僕はチョコとラムレーズン。
そして君は…ブルーべリーとストロベリー。


「お客様、こちらになります…ありがとうございました」

アイスのコーンを二つ、渡される。


理由を聞かれたら、なんて答えようかな。

甘いチョコレートより、酸味があって…でも甘くて。

それは君のようだと思ったから。

と言ったらきっと返す言葉がなくて詰まってしまうだろうから黙っておこうと思った。


“迷宮に入り込んだ僕は、こうしてさらに奥へと迷い込む”


「はい、ベリーベリーストロベリーとブルーベリーパンナコッタ」

「これはベリー系ということか?」

「うん。ストロベリーとブルーベリー。僕好きなんだよね、ソレ」

「君のはチョコレートに見えるが」

「そうだよ。僕のはチョコレートホリックとラムレーズン」

「何故、この味にしなかった?」


「それはね…こうする為だよ」

君の持つコーンに乗ったアイスに僕は顔を近づけて、一口齧る。

「…!」

驚き、恥じらう気味の顔が見たくて意地悪をするんだ。

「やっぱりおいしいね。ストロベリーは」

「君は…いや、いい。君はそういう人だったな」

呆れる君の顔。


「そういう人だよ。僕のもいる?」

断るだろうと思っていたけど。
君は僕のアイスに顔を近づけて、齧った。


「美味しいな、君のも」


その姿と顔を見て。


「…うん」

やっぱり、可愛いなと想う僕は君に惚れているからかな。

「さて、食べ終わったし…あと、2つくらいは回れそうだね。僕、行きたいところがあるんだ」

「そんなに行きたいところがあったのか?」


「うん…あ、此処だ」


「ミラーハウス?」

「そう。じゃあさっそく行こう」

僕は君の腕を掴んで、引きずるように君を連れて行く。

「あ、ああ…」


断る理由もないからか、そのまま君はおとなしく従った。


僕は足早に奥へと入っていく。


「道と区別がつかないんだな…」

そう呟く君から突然手を離して、駆け出した。


「葵!?」

驚いて、叫ぶ。


「…何処へいった?」

ミラーハウスで戸惑う君を僕は少し離れているところで見る。


「…葵?」

まるで、僕が君に迷い込んだときのように。


「もう出たのか?」


その姿が重なる。


「…何処へ…」

“真紅の糸が繋ぐのは、出口ではなく君の元へ辿り着くための道標”


この鏡の迷路は、今は君だけを映している。


“君だけの世界”というところに、捕らわれた君。


僕が君を知ったときに、迷い込んだ姿と同じ。

“まだ、僕は声を出してはいけない”

それは、“僕にも”…もっと迷って欲しいから。


「…痛っ…」

道だと思ったのかな?
鏡にぶつかった音が聞こえた。

「葵…」


不安を帯びた声。


僕は、すぐに君の元へ駆け寄った。

でも、やっぱり君が愛しいから僕はこれ“以上”は耐えられないんだ。

迷っていて欲しいけど、幸せで居て欲しいと願うから。

「此処だよ」

どちらでもあって、どちらでもない。

背反する想いを抱えて。


後ろから近づいた僕はすぐにその手を取るんだ。

「…居たのか」


不安が薄れる顔を見て、僕は申し訳ない思いをしながら笑う。


「近くに居たよ。ただ、君が思っていたより進むのがはやくてね」

僕はずるいけど。

君が好きだから、意地悪をしたって。


「居たのならば、いい」

好きだから、何をしたっていいわけじゃないけど。

「寂しかった?」

「別に…」

俯いて、不機嫌そうにつぶやく。


だからこそもっと違う君に触れてみたいと想うんだ。


「…まあそんな君も可愛いと思うんだけどね」

そう言って、僕は頬に軽くキスを仕掛ける。


「…っ!」

顔を真っ赤にして、怒ろうとしたが。

「残念、もうすぐゴールだよ」

外の明かりが視界に入る。

「…場所を考えて欲しい…」

そう言って、出口へと早足で向かっていった。


そう、僕はテセウスのように一目惚れのような恋をした。
それはラビュトリンスという名のアリアドネに恋の迷い込んだのだから、仕方のないことだ。


「機嫌直してよ」

「…」


先ほどのことで怒っているのだろう。
しばらくは…つんけんとした態度だった。

「どうしても行きたいところがあるんだけど…」

話を切り出してみる。

「……何処だ?」

すでに態度は不機嫌極まりなかった。
やりすぎたか。と思ったが遅い。

「観覧車なんだけど…駄目?」

どうやってお姫様の機嫌を直そうか。

「まだ行くのか」

「…だって久々に君に会えたんだよ?僕このまま帰ったら
寂しくて死んじゃうよ」

大げさな言葉を吐く。


「…死にはしないだろう」

そんなことは分かってる。
でも君は、僕の頼みごとには弱いから。

「…でも、寂しいよ。限りある時間を君と目いっぱい過ごしたいから」

ただ、これは本心だけど。


「…それは俺もだが…」

そんな俺を見て、君はやれやれとため息をついた。


あと一押しだ。

「じゃあ、付き合ってくれるよね?」


僕も君も。答えを知っていて笑いながら君に問う。


「断る気がないのを知っていて聞いているんだろう、君は」

「…まあね。さて、いこうよ。ここのは大きいらしいよ」


「見事カップルばかりだな」

落ち着かないという態度で、目は周りを気にしている。

「…ふふっ…僕たちもでしょう?」


静かに、君だけに聞こえるように。

「………」

反応に困ったのか、君は口を閉ざしてしまった。

「あ、でも意外と回転速いな。もう順番だよ」

乗り込むと、すぐに上へとゴンドラは登っていく。


視界には紫色の世界、それは空を染めていく夜の色。


「夕焼けを迎えそうな空って、すごく綺麗だと思わない?」


「紫色の空…か。確かに綺麗だ」

「うん。僕はとても好きなんだ。夕焼けも好きだけど青と水色と混じっていく赤が作りだす紫色の世界が、
とても綺麗だと思うんだ」


ゆっくりと、上って行く。


「混ざるから、綺麗なもの…」


「…どうしたの?」


「混ざれば、混ざっていくほど。俺は…俺が分からない」

「どういうこと?」

「君と、関わるようになってから、俺は自分が分からなくなった。
…最初は、代わらないと想っていたけれど…」


言葉を、飲み込む。


それでも僕は静かに君の言葉を待つ。


「………」


そして君は言葉の続きを告げるべく口を開いた。


「君が居ないことを考えると、君と出会う前のことが思い出せないんだ。
どんな気持ちだったか、どんな思いで居たのか。
いつか、ひとりになるかもしれないときが来るかもしれないとおもっても…わからないんだ。君の居ない日が」

君が告げる“分からない”という言葉の意味。


「…自分がこんな風に人を想えるなんて、知らなかった」

その言葉は“依存”と“恋情”を表していて。


「…こんなにも弱くなるなんて、想わなかった」


本当の意味は“どうしようもないくらいの愛おしさ”を示していた。


「…蓮…」

君がまたひとつと分かって、そして理解をすることがで出来て嬉しかった。

君も、迷っていたんだね。


クノッソスの迷宮に存在したという魔物はきっと、アリアドネが作り出した幻影で。

それは、自分を強くあろうとするための力だった。

「ううん。君は弱くなんかないよ。だって、僕も同じだから」

「…そうか」


話していると、頂上は気がつけば過ぎかけていて

「ねえ…こっちに来て、くれないかな?」


ゴンドラは既に下へと、向かおうとしていたところだった。


「…?」

何をするのかと想いながら寄せてくる身体を肩ごと掴んで、引き寄せてすぐにキスを仕掛けた。


「…ん…っ!」


一瞬でも、永く。


君と触れ合っていたい。繋がっていたいから。

そう願うからだろうか。

ほんの数秒でも、いつまでも続くような錯覚が見えたんだ。

唇を離すと、僕は君の顔を見て笑う。


「…やっぱり可愛いね…君は」

僅かに紅潮した頬が君の“感情”を教えてくれていた。


「…っ…誰かに見られたら、どう言い訳を作る気だ?」

「回りも同じことをやっているだろうから、気づかないよ。きっと」


僕が言うと、君は後ろを見た。


「…確かに」

さらに君は正面を見渡すと、カップルは皆同じようにしていたことに気づいたようだった。

「こういうところでするこういうことは頂上でというのがセオリーなのにね」と僕は付け足した。

そして無言になる、夕焼けの世界。

互いの手は重ねたまま。繋がったまま。

「…もうすぐ地上だ」

「そうだね」

ゴンドラの扉が開くまではずっと、僕たちは隣に座り合い手を繋いでいた。

“それでも道はいつまでも続いて、また複雑になるばかり”


「実は今日は花火があるんだけど…当然見ていくよね?」

「…当然という言葉からして拒否をするという選択者無いんだろう?」

「よくわかってるなあ、僕のこと」

「…そうだな」


そう言って、柔らかく笑う顔を見ると僕は耐えられなくなって。

「…あーっもう、大好き!」

思わず、抱きついてしまったのは許してくれるよね?


「…何をするんだ」

予想はしていたけど、とてもよく分かる否定の反応。

「…ごめん、つい」

「…とりあえず離れてくれ」


不機嫌そうに僕の身体を引き剥がす。

「…ごめんなさい…」


だって、君があまりにも可愛かったのだから。


しゅんとした僕を見て、小さな声でぽつりとつぶやく。


「…人が居ない所なら、いいが…」


僕は単純だから。

その言葉を聴いて嬉しくて耳を立てた犬のような反応をしてしまった。


「絶対だよ!」

「…ああ」


困ったような、でも笑っている顔。

そんな顔もやっぱり、可愛いと思う。


“だからこそ僕は、此処に居たいって想ったんだ”

夕日は僅かに残っていて、殆どが夜空と交わる世界。

“早くしないと”それを理由に君の腕を掴んで、僕は走り出した。

“君の描く迷宮に居るから、今の世界ですらこんなに愛おしく思えるのだろう”

花火が上がるのは、山下公園。

僕たちが電車で降りたのは中華街だけど、そこは既に人で溢れていた。

「うーん。思ったよりゆっくり見られそうな場所はないなあ」

「此処からでも見える。そんなに前に行く必要もないだろう」

人の波に揉まれながら、僕たちは前へと歩いていた。


駅からそんなに離れていないけど、上を見上げればもう花火はすぐに見える場所だった。

でも、もう少し前で見たかったなと思うのは僕の勝手な我侭。

「そうだね。この辺にしておこうか。でもはぐれちゃうから…」


そう言って僕は君の手を取る。


「…恥ずかしくないのか?」


ひとつ、ひとつと。指を絡め合う。


「混んでいるから、分からないよ」


人混みの中、繋ぐ君の手。


君と触れ合う部分が、暖かくて。

何度も触れ合っていても、君と居るときは僕はいつだって


ドンと、大きな音が上空から響いた。

「ああ、上ったよ」

見上げると、ピンク色の花。


花火はとても色鮮やかに咲き誇る。

「…夏だと、感じるな」

それは何度も、何度も空を彩る。


こうして夜空に登る花火が、何も変わらぬ花火が。


それでも特別に見えるのは今、隣にいる人が僕にとってのすべてだからかなと思う。


“もし、迷宮の外に出てしまったら?”


ふと、そんな考えがよぎる。

そう考えた瞬間に、不安はあっという間に身体を駆け巡って言葉を口にしていた。

「…いつか、この手を離すときがきても…僕はきっと後悔はしないよ」


こんなことをいうつもりはなかったけど。
つい、告げてしまった。


「いつか…今そんなことを君が言うとはおもわなかったな」

どうしたんだという顔を君はする。

「…なんとなく、感傷的になっちゃって」

毎日が緩やかに流れる時間があればいい。

「…だが俺も後悔はしないだろう」


「…蓮」


「いつかなんて来ない日を…離さないことを、願おう」

君は繋ぐ手を強く握り締める。


「僕は、離さないよ…きっとね」

これが…たとえ花火のように一瞬の熱であるが故の恋だとしても

「…分かっているよ」

“君”に迷い込んだ僕は、君がなくては生きられないって分かっているんだ。


僕は、空に向かって呟く。


「綺麗だね…」

空に登る花火も、君の想う心も美しい。


それがこんなに素晴らしくて素敵なことなんて僕も知らなかった。

「…そうだな」


今がとても嬉しくて仕方ないんだ。

そう、呟く君が居てくれるだけで僕は幸せだ。


僕たちが作りだす迷宮が、終わらないことを君も望んで居て欲しい。



“出口が見えたら、そこはきっと新しい入り口”



あなたが強くあるための迷宮がここにあって、迷い込んでしまった僕は居る。





“まだ僕は君に迷い込んだままなのだろう”





その中にある、痛みと悲しみ、辛いこと。



どんなに苦しくても、君に迷うなら僕はいつまでも出られないままでいい。




もしも。その迷宮を出る日が来るとしたならば。










外に出るその日まで、どうか君を好きで居ることを許してください。



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