「今日は遠回りをしていかない?」

「何か用事でも?」

「今を、少しでも長く楽しみたいから…かな」

「今、を?」

「君と、もう少し一緒にいたいんだ。それじゃあ、駄目かな?」

“供にありたい”それは、自分も同じだったから。
断る理由なんて、無い。

「…構わない」

「よかった」

そう聞いて、笑う君も…


「じゃあ、行こうか」


俺は、好きなのだから。


















I`m not saying I need you.

告げることの無かった言葉は、何処へ往くのだろう。


























“Joy to the world, the Lord is come”


クリスマスが近く賛美歌の練習をしている声が響いている。

吐く息が辺りに白く舞う。

“Let earth receive her King”


「すっかり寒くなったね。先週の暖かい気候とは大違いだ」


“Let every heart prepare Him room”


「And heaven and nature sing…」


気がつけば自然と、歌の続きを口ずさんでいた。


「もろびとこぞりて 迎えまつれ。久しく待ちにし主は来ませり…か」

「主を迎えるという詩だからな」

「主ねえ…つくづく日本人はクリスマスといった行事が好きだなと思うよ」

「行事というものは、共有するから楽しいのではないのか?」

「そういう君はどうなんだい?」

「いつも…一人か。祖母も忙しかったり、両親ともにコンサートなんかであまり家にはいないことが多い」

「そうなんだ」

「…でも、一度も淋しいなどと思ったことはない」

それが、当たり前だったから。

なぜか、残念そうな顔をする。

「そう…ねえ、少し入ってみない?」


「ここにか?」


「うん。何か用事でもある?」

「いや、ない」

「じゃあ、僕に付き合ってよ」


「…まあ、いいだろう」

教会へと足を向かわせた。


すぐたどり着いた教会のドアは開いていた。


“Joy to the earth, the Savior reigns!”


「あ、そこが開いてるから座ろうよ」

地上の人々に 確かめさせる
神の正義と栄光を


「あ、ああ…」
腕を捕まれ連れて行かれ、椅子に供に座った。

「いい“音”だね」

「……」

ふたりで目を閉じてその紡がれる音楽の世界に身を委ねた。


音を聴いた瞬間、旋律が、世界を彩っていく。

“No more let sins and sorrows grow,Nor thorns infest the ground”

神への賛歌。


もうこれ以上 罪と悲しみはいらない
苦しみを増やしたくはない この大地には


それは何という、エゴに満ち溢れた解釈なのだろうと思う。

それでも、私たちは罪と悲しみと苦しみの中に立っている。


地を離れることが出来ないから。


“The glories of His righteousness,And wonders of His love,And wonders of His love,And wonders, wonders, of His love.”


「深き神の愛なんて、重そうだね」

歌の終わりに、小さな声で君は囁いた。


“Amen”


終わったその歌に拍手を送る。

練習だったからだろうか、観客は自分たちだけだ。

「ありがとうございます」


子供たちは、舞台から降りてシスターの前に集まる。

「皆さん、お疲れ様でした。
今日は此処まで。また明日、練習しましょうね」


口々にお疲れ様という言葉を発して子供たちはあっという間に解散して行った。

「ねえ、お兄ちゃん。私たちのお歌はどうだった?」

一人の、元気な女の子が加地に駆け寄ってきた。

「とってもよかったよ」
自分はその横でその光景を見ていた。
「本当?」

「ああ、僕は嘘はつかないよ…可愛いレディには特にね」

さらりと発せられる優しいその言葉を聞いて、その子供は照れたのか下を向いた。

「えっと…その…また、聞きにきてくれる?」

「ああ。約束するよ」

「じゃあ…またね、お兄さん!横のお兄さんもね!」

「気をつけてお帰り」

子供たちが、こちらに向かって「またね」と手を元気に振る。
人当たりのいい彼は、釣られて手を振り返す。

そこで自分は何もしなかった…出来なかった。
…何でそういうことが気軽に出来ないのだろうとたまに思うが性分なので仕方が無いと思った。


見送ったシスターはこちらに向かって一礼をする。

「練習でしたが…聞いて下さってありがとう」

「こちらこそありがとうございます。
可愛らしい歌声に誘われてきて、素敵な一時を過ごせました」

「まあ、お上手ですわね」

シスターはふふ、と手を口元に当てて笑う。

「それは、光栄です」

やはり人当たりのいい顔で、笑った。

「ああ…そうだわ。寒いですし、お茶でもいかがでしょうか?」

シスターはせっかくだからと、言ってきた。

「えっと…僕は構わないけど、君は?」

どうするかと、こちらを向いて尋ねて来た。

「…俺は…」

急な話だったので、少し戸惑った。

「ジンジャークッキーも焼いてあるので、是非ご一緒しませんか?
多く焼きすぎて子供たちに分けても、余っているんですよ」

そう言って、シスターは優しく笑った。

「…では、お言葉に甘えて」

乗る気もあまりなかったが、断る気もなかったので了承した。
横に居た加地もその笑顔で答えた。

「是非、宜しくお願いします」

「はい…あ。ちょっと片付けてきますのでしばらく見学でもしていてください…と言ってもそんなに見るものはありませんが」

「お手伝いしなくても、よろしいのですか?」

「ええ。片付けなければならないものもありますし、ゆっくりしていてください」

「すいません」

「構いませんわ。では、少し待っててくださいね」

そう言って、シスターは奥の方へと消えて行った。

そのシスターが見えなくなってから、君は呟いた。


「こういう歌ってさ、好きだけど僕は苦手なんだ」

「苦手?」

それはこの教会に、この歌に対してとても不思議な言葉だと思った。

「奏でられる音楽、乗せられた歌詞。どれも素敵に輝いているのに、
何処かで僕はそれを拒んでいるんだ」

ステンドグラスを見上げながら、呟く。

「…どうして?」

「僕には、眩しすぎるから…かな?」


「それにね、声に言葉に乗せるよりも、こうして君に触れていられる時間が欲しい」

手が、髪に触れる。

「…これからという明日よりも、過去と、今が続けばいいと思っているよ」

その指先が、髪を絡める。
くすぐったく感じたので、身を捩るのを見ると君は微笑んだ。

「…意外だな。君はロマンチストだと思っていたが」

「僕は本来はリアリストだよ。
“浪漫”は“現実”があってこそ存在するのだからね」

「そうか…」

「見たい夢を見るくらい、いいじゃないか。叶わなくとも、ね」

僅かだが、悲しい表情が見えたような気がした。

「…何を思ってかはわからないが、君は…」

言葉を一瞬、飲んでしまう。

「何?」

「…君は本当に、それでもいいのか?」

「ああ、いいんだよ。叶わないから、美しいともいうだろう?」


手には入ったらそこで終わりかもしれないから、怖いとも思う。
だけど、彼ほどその恐怖は自分には無い。

「俺は、悲しい…と思う」

とても、悲しいと思うから。
だから今を大切にしようとしている。

「僕も、悲しいとは思うよ」

「そうわかっていても、それでも君は何故求めない?」

怖いと知っている。

「求めているよ。ただ、僕は…」

目線を下に向ける。

求めている世界と、求めているモノは手に入るだけじゃあ駄目なんだよ」

「手に入れるだけがすべてじゃないと?」

「そう。だから“それ以外のこと”で僕は“得て”いるんだよ。だから、悲しいなんて思わない」


胸が、痛い。

「それに、君はいつかは遠くへ行ってしまうから…」


その言葉は苦しくて、泣きたくなる。


「今だけでも、夢を見させて欲しいんだ」


好きだといってくれて、自分も好きだと思っているのに。
それでも手に入らないと、言う。

それは今、自分がこの人と供にこの世界に存在する定義が、否定されたような気がした。


君が好きだと言ってくれた自分の、音。

その音は、この指先が奏で生み出す旋律。

捨てることの出来ない音楽という存在。
惹かれたと告げられた、自分という存在。


「ならば…今じゃなくて、ずっと見ていればいい。覚めることのない今という“現実”という夢を」

触れて、感じて欲しい。

「そうできたら…いいと思う」


悲しそうに笑うと、隣に座ったまま抱き寄せられ口付けられた。

「………」

その間は長く感じたが、ほんの数秒なのだろうと思う。

やがて唇が離れて、その口から言葉が発せられた。

「…神への冒涜だって、怒らないの?」

困っただろうという、顔をする。
しかし、俺は“知っていた”から困ることなんて無い。

「…君は、神を信じていないだろう?」

驚いた顔をして、笑った。

「いたらいいよね…とは思っているよ」

その後はまた悲しそうに笑う顔をすると思ったから、その顔を見る前に言葉を止めた。

思ってもいなかった行動だったことも知っている。
一瞬目を見開いたが、すぐに目を閉じた。


“欲しい”


その欲望は、この教会には似つかわしくない。
だからこそ、背徳という名の甘い誘惑に負けたのだろう。

舌で唇を舐め上げる。

「…ん…っ!」

“そんなこと”まではしてこないだろうと思っていたのか、怯んだのだろう。
僅かな隙ができた瞬間、その歯を割って舌を奥へと入れた。

「っは…ぁ…っ…」

互いに呼吸が、荒くなる。


激しく求め合う淫猥な音が、誰もいない教会に静かに響く。

僅かに目を開ければ、ステンドグラスが歪んだように映る。


“神なんて、居ない”


その言葉を、世界が肯定しているように見える。

ならば、もう見えないように。他のものなんか見えないように。
彼を自分の世界に留めてしまえるようにと、長椅子に静かに押し倒す。

「…はぁ…っ…ん…」

回される、腕。

求め、激しくなる口付け。

「………ん…っ…は…ぁ…」

より深く、長くとただ求めていると、互いに触れる身体が熱くなる。

自分もだが、向こうも歯止めが利かなくなると思ったのか、片腕を後ろに着くと上半身から起き上がり身体を離してきた。

唇が離れ、間を光る銀糸が伝う。

「は…っ…は…あ…っ」

向こうも、自分も。
酸素を求めて肩で息をしている。

少しして落ち着いたのか、此方を向いて口を開いた。

「…悪い…子だね。“カミサマ”の居る前で」

願ったのは、君で。

「神…なんていないといないのは…君だろう?」

そう願ったのも、自分だ。

「ふふっ…そうだね」

笑うと、君は起き上がり椅子に座り直るとまた俺を抱き寄せて耳元で甘く囁いた。
まだ、呼吸が少し荒い。

「…ねえ、塔の中だけの逢瀬しかできない囚われのラプンツェル。そのうつくしい声で歌って、魔法の掛かった長い髪で君の世界に、僕を呼んでくれる?」

「……音楽が、魔女だというのか?」

「そうなるのかな。君が、僕の前に居る間だけは…僕のためだけにその音を聞かせて欲しいんだ。僕は、君の世界に居たいんだ」

「連れ出さないで、留まるのか?」

「そうしたら、君はずっと其処に居るから…ね」


また降りてきた口付けにただ静かに俺は受ける。


長く、自分たちの時間だけが止まったようなキス。


その背に回した腕に力を込めて。
目を閉じて、その感触を確かめながら思う。

本当に欲しいものは、自分の手には入らないと言う。

じゃあ、囁いた愛は?
紡いだ言葉は?

嘘ではなく真実と君は言う。

本当に思っているからこそ“聞けない”


それは、存在を否定しているという矛盾を孕んでいる。
でもこの矛盾こそ俺たちの関係と世界を形成するものだから。


自分でも“言えない”

静かに唇が離れた。


「今日は、此処までね
…これ以上は、僕が耐えられなくなっちゃうよ」


困ったように笑う顔に、低く戸惑うような声。


その声は自分にも言い聞かせるようにも聞えた。


「………」

誘惑に、耐えられなくていい。
負けてしまえばいい。白いものなんて黒く汚してしまえばいい。


本当に欲しいと思うなら、手を伸ばせば触れられるのに━━━━


“自分”が手を伸ばそうとした瞬間“その時間”は終わりを告げた。

がちゃりと、ドアが開く音がした。


「お待たせしました…どうぞ、此方へ」

シスターの声が響いた。


「ありがとうございます…蓮、行こう」

立ち上がり名を呼ぶ、君の声が耳に残る。


「………」

云えなくても、伝えられなくても。

それでも俺は…

「どうかしたのかい?」

俺はどうしようもないくらい、好きだ。

触れたい、触れられたい。

「何でもない…行こうか」


求めて欲しい。

「寒いですから…早くしないと冷めてしまいますわよ」

シスターが笑う。

全てを奪い去って欲しい。

差し出してくれる、手。


抱いてしまった恋情に、後悔なんて残らない激しく。


「そうだね…せっかくの温かいお茶が冷めてしまうよ」


その手を取る、自分は。

「…ああ。行こうか、葵」





“神の深き愛なんて、届かない世界なのだから魔女が帰ってくる前に、外へ連れ出して欲しい”




この想いを、この言葉を。





どちらも天秤に載せて選ぶことができないとわかっている自分が告げることは、出来なかった。



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